項目データ
作曲年1785年2月10日
初演1785年2月11日
演奏時間約35分

モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(K. 466)は彼のピアノ協奏曲の中で最も有名な曲の一つで、モーツァルトが29歳の時の作品です。

モーツァルトが初めて作曲した「短調の」協奏曲でもあります。
またロシアのスターリンが愛した曲としても知られており、第2楽章は映画「アマデウス」のエンディングテーマとしても使用されています。

モーツァルトの中で短調の曲は珍しいので、初めて聞くと一般的なモーツァルトの曲の印象とは異なるかもしれません。
天上界から降りて来たような澄み切った音楽ではなく、もっと人間味あふれる悲痛な部分が感じとれます。
ちなみにモーツァルトのピアノ協奏曲は2曲しかなく、もうひとつは第24番ハ短調です。

ここではモーツァルトのピアノ協奏曲第20番の解説と名盤を紹介したいと思います。

モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」の演奏

[00:57]第1楽章:Allegro アレグロ ニ短調 4分の4拍子、協奏風ソナタ形式
[15:42]第2楽章:Romance ロマンツェ 変ロ長調 2分の2拍子、三部形式
[24:38]第3楽章:Allegro assai ロンド:アレグロ・アッサイ ニ短調→ニ長調 2分の2拍子、ロンドソナタ形式

モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」解説

1781年にモーツァルトはザルツブルクを離れ、ウィーンを拠点として音楽活動を始めます。
ウィーンでフリーに音楽家として活動をはじめたモーツァルトは、自力で生計を立てる必要がありました。
ウィーンでモーツァルトは貴族や上流階級の人たちが開く社交界のコンサートのために、作曲をしたりピアノを弾いたりします。
そしてモーツァルトはウィーンで大成功を収めます。

ウィーンで活躍した頃の作品

ピアノ協奏曲第20番は、そんなモーツァルトがウィーンで人気を集めていた時期に作曲されました。
この曲は1785年2月11日の予約演奏会のために作曲されました。

引っ張りだこだったモーツァルトは演奏会前日に曲を完成させたそうです。
そのため、演奏会ギリギリまで写譜が完成しませんでした。
モーツァルトは写譜の確認作業で手一杯で、リハーサルで全曲を通す時間もなかったそうです。

演奏会は大盛況で幕を下ろし、5日後にはすぐに再演もされました。

モーツァルトの父であるレオポルトは、初演の大成功について手紙に残しています。
皇帝ヨーゼフ2世は帽子を取りお辞儀をし、「Bravo Mozart!(ブラヴォ、モーツァルト!)」賛辞を送ったそうです。

 交響曲の父として知られているハイドンは、モーツァルトの父親に
「あなたの息子は、私が知っている作曲家の中で最も偉大な作曲家だ。」
と語りました。
これはこの作品の初演の翌日のことでした。

ただ当時のピアノ協奏曲は華やかで優美なものが一般的だったため、短調で書かれた異質の「ピアノ協奏曲第20番」の初演は成功しなかったという説もあります。
しかし、5日後に再演されていることからも「成功」が定説となっています。

この曲の第1楽章と第3楽章ではカデンツァがありますが、モーツァルトによるカデンツァは残されていません。
ベートーヴェンとブラームスがピアノ協奏曲第20番を演奏した時にカデンツァを書いており、ベートーヴェンのカデンツァが今では最も使われています。
ベートーヴェンもブラームスも愛した曲がモーツァルトのピアノ協奏曲第20番なのです。

"ピアノ"という楽器が発展した時代

当時ピアノは"新しい楽器"の一つでした。
歴史的には1700年頃に誕生したのではないかと考えられています。

そのピアノの制作は、18世紀後半にモーツァルトも住んでいたウィーンで盛んにおこなわれるようになります。
ただし当時のピアノはまだ発展途上で、現代のピアノより減衰が早く、音色も軽いものでした。

モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」名盤

このCDは2013年のルツェルン音楽祭のライヴ録音で、巨匠クラウディオ・アバドの最後の録音でもあります。
アルゲリッチの魂のこもった演奏は、鍵盤に魂が乗り移っているかのようです。
心が魅了されるとは、まさにこのような演奏のことを指すのでしょうか。

ライブ録音ならではの活き活きとした感じも十分に感じとれるので、オススメの1枚に間違いなしです。

クラウディオ・アバド(Claudio Abbado/1933年6月26日-2014年1月20日)
イタリアの指揮者
1968年:ミラノ・スカラ座の指揮者となり、以後音楽監督、芸術監督も務める
1972年:ロンドン交響楽団首席客演指揮者に就任
1986年:ウィーン国立歌劇場音楽監督に就任
1990年:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督・首席指揮者に就任

マルタ・アルゲリッチ(Martha Argerich/1941年6月5日-)
アルゼンチンのブエノスアイレス出身のピアニスト
1957年:ブゾーニ国際コンクール、ジュネーヴ国際コンクールで優勝
1965年:ショパン国際コンクールを満場一致で優勝、マズルカ賞
日本にも度々訪れ、大分県別府市の音楽祭の音楽監督も務めている

その他の録音

内田光子&クリーヴランド管弦楽団

mozart20a
2010年のクリーヴランド管弦楽団来日公演(サントリーホール)でも演奏されました。
こちらは同じく2010年にクリーヴランドのセヴェランス・ホールで録音されたものです。

内田 光子(うちだ みつこ/1948年12月20日-)
1966年:ミュンヘン国際コンクール第2位
1969年:第3回ウィーン・ベートーヴェン国際コンクール第1位
1970年:ショパン・コンクール第2位(現在も日本人最高位)
1987年:サントリー音楽賞受賞
2008年:ベルリン・フィルハーモニーのレジデント・ピアニストに選出
2009年:大英帝国勲章「デイム」を授与される
クリーヴランド管弦楽団(The Cleveland Orchestra)
米オハイオ州クリーヴランドを拠点とするオーケストラ
アメリカのオーケストラの中でも最もヨーロッパ的なサウンドを持つと評されている

グルダ、アバド&ウィーン・フィル

mozart20b
1974年にウィーンのムジークフェラインザールで録音された名盤です。

フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド

フリードリヒ・グルダ(Friedrich Gulda/1930年5月16日-2000年1月27日)
オーストリアのピアニスト
モーツァルト、ベートーヴェンからジャズまで網羅する20世紀を代表する巨匠ピアニストの一人です。
先ほど紹介したピアニスト、マルタ・アルゲリッチを指導したことでも知られています。

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