項目 データ
作品名 12の練習曲 作品10
作曲者 フレデリック・ショパン
作曲年 1829年-1832年
出版 1833年

ショパンの『黒鍵のエチュード』は、1833年に出版された『12の練習曲 作品10』の第5曲目にあたります。
全12曲からなるこの練習曲の中には、ショパンを代表する作品である『別れの曲』『革命のエチュード』なども収載されています。

ここでは、ショパン『黒鍵のエチュード』の解説と名盤を紹介したいと思います。

ショパン『黒鍵のエチュード』の演奏

ヴァレンティーナ・リシッツァ(Valentina Lisitsa、- )
アメリカ在住、ウクライナ生まれのピアニスト

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20代前半で既に名声を得ていたショパン

ショパンは若くから才能を発揮し、10代後半では既に地元ワルシャワで演奏家、作曲家として成功していました。
この作品はショパンが23歳の頃にパリで発表された作品ですが、既に名声を手にしていた頃の作品というわけです。

同世代の音楽家リストに捧げられた

この作品は1歳年下の音楽家リストに捧げられました。
ピアノの名手として名高いリストでしたが、彼をしても「練習曲作品10」は所見では演奏できなかったそうです。

演奏できなかったリストは一度失踪し、「再び現れ完璧に演奏した」との逸話も残されています。

芸術的な練習曲

ショパンの練習曲は、「ピアノ教室の練習用の曲」とは一線を画しています。
「指を動かしたり技術を磨いたり...」といった曲と違い、技術的に優れていることはもちろん、高い音楽性も求められる芸術作品です。

そのため、練習曲という名ではありますが、多くの演奏家によってコンサート等で演奏され続けています。

右手は黒鍵だけ!?

『黒鍵のエチュード』の愛称は、ショパンによって名付けられたわけではありません。
この愛称が付けられた理由は、右手がほぼ黒鍵だけ(第66小節の2拍目のヘ音のみ白鍵)で演奏されることにあります。
ショパン自身もこれを意識して作曲したと言われています。

ちなみにショパンの作品の中でも人気の高い『黒鍵のエチュード』ですが、ショパン自身の評価はそれほど高くなかったそうです。

ショパン『黒鍵のエチュード』の名盤

ショパン弾きのスペシャリストとしても評価の高いアシュケナージの演奏による名盤です。
『黒鍵のエチュード』の他にも、『別れの曲』『革命のエチュード』『幻想即興曲』などショパンの名曲はほとんど収録されています。

良い意味で個性が溢れていない、世界を代表するピアニスト・アシュケナージによるスタンダードな演奏ですので、クラシック初心者の方にもオススメしたい1枚です。
ピアニストの魅力だけでなく、曲そのものの魅力も十分に味わうことが出来ます。

ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy、1937年7月6日 - )
ソヴィエト連邦出身のピアニスト・指揮者で、20世紀後半を代表するピアニストの一人。
168センチの小柄な体格で、卓越したテクニックと洗練された音楽で聴き手を魅了している。
とても幅広いレパートリーを誇り、その音楽は万人に愛されている。

データ
1955年 ショパン国際ピアノコンクールに出場2位。アシュケナージが優勝を逃したことで、審査員が降板する騒動になる。
1956年 エリザベート王妃国際音楽コンクール優勝
1962年 チャイコフスキー国際コンクール優勝
1963年 ソ連から亡命のためにロンドンへ移住
1970年 指揮活動も開始
1972年 アイスランド国籍取得
1987年 イヤル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任
1989年 26年振りにソ連に帰郷