ジュゼッペ・ジャコーザ

生年月日:1847年10月21日
没年月日:1906年9月1日
職業:オペラ台本作家
代表作:『ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』

プッチーニの名オペラの台本を書く。
穏やかな性格で、プッチーニから「ブッダ」の愛称でも呼ばれた。

ジュゼッペ・ジャコーザは19世紀後半に活躍したオペラ台本作家です。

また音楽の世界ではプッチーニのオペラ台本作家として有名ですが、劇作家としても人気が高く、演技の教師としても活躍しました。

ジャコーザは、温厚で外向的な性格をしていました。
そのためプッチーニは、ジャコーザのことを冗談で「ブッダ」と呼んでいました。

ジュゼッペ・ジャコーザの生涯

ジャコーザの名前がついた村

ジュゼッペ・ジャコーザは1847年にイタリア・トリノの町コッレレット・パレッラで生まれました。

この町の名前は、1953年にジャコーザの名をとってコッレレット・ジャコーザと名前を変えています。
現在600人ほどが暮らす小さな町において、ジャコーザは「村の象徴」というわけです。

売れっ子作家

ジャコーザはとても人気のある作家でした。
25作品ほどの戯曲を書き、ヨーロッパだけではなくアメリカにも遠征しました。
彼はフランスの文学やコメディに影響を受け、富裕層向けの物語を多く書きました。

知的で社交的な上に容姿端麗だった彼は、講師としてもとても人気がありました。
さらに雑誌や新聞などにも多数執筆し、雑誌の編集長も務めました。

弁護士から作家へ転身

ジャコーザは裕福な家庭で生まれました。
父親は弁護士で、母親は貴族の出身でした。

ジャコーザはトリノ大学の法学部へ入り、その後父親の事務所で法律家としての職業をスタートします。
しかしジャコーザが情熱を捧げたのは、法律ではなく演劇や詩でした。

オペラ台本の作成はつまらなかった!?

ジャコーザのオペラの台本作成は、台本作家イッリカとの共同作業によるものでした。

ジャコーザはプッチーニのオペラ3作品(『ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』)の台本を書きましたが、いずれも共同作業によるものです。
また、ジャコーザが単独で書いたオペラ台本はコルナーリア作曲『Unapartitaascacchi』の1作品のみで、生涯で4作品しかオペラ作品を書いていません。

プッチーニのオペラ台本は、イッリカが原作から物語を作り、ジャコーザが韻文にして作られました。

ジャコーザは、リコルディに手紙で
「私のやっている作業は芸術ではなく、最新の注意が必要な疲れる作業です。」
「退屈な時間で、心が躍ることはありません。」
「こんな仕事は二度と受けないでしょう。」
と書いています。

ジャコーザの名前を現在まで残している傑作は、彼にとってつまらない仕事だったのかもしれません。

トスカは苦手だった

ジャコーザは『ボエーム』のような詩的な作品を気に入った一方で、『トスカ』のような感情に訴える物語を好みませんでした。

コメディを愛したジャコーザにとって、暴力的なシーンも登場する『トスカ』は性に合わなかったのかもしれません。

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