項目 | データ |
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作曲年 | 1781-1782年 |
演奏時間 | 12-13分 |
モーツァルトの「きらきら星変奏曲」は、1781-1782年頃に作曲されました。
この作品の元はフランスの流行歌「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」です。
そのため正式には『「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲』と呼ばれています。
ここでは、モーツァルト「きらきら星変奏曲」の解説と名盤を紹介したいと思います。
モーツァルト「きらきら星変奏曲」の演奏
ピアノ:マグダレーナ・バチェフスカ(Magdalena Baczewska)
ポーランドのピアニストで、チェンバリストとしても活躍している。
無料楽譜
モーツァルト「きらきら星変奏曲」の無料楽譜(IMSLP/外部サイト)
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フランスの流行歌を編曲した
正式名称にも出てくる「ああ、お母さん、あなたに申しましょう(Ah! vous dirai-je, maman)」は、フランスで当時流行していた恋の歌(シャンソン)でした。
これをモーツァルトはピアノ用に編曲したのです。
元々のメロディーは1740年頃に作曲されたと推定されていますが、作曲者が誰かはわかっていません。
1761年に「歌詞ナシ」のものが出版され、それに歌詞が付けられました。
この曲にはいくつもの歌詞が付けられおり、そのうちの一つが「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」です。
当時は「きらきら星」ではない
日本では、「きらきらひかる 夜空の星よ」の歌詞で知られていますが、当時流行したシャンソンの歌詞はそうではなく、娘が母親に恋心を歌っています。
※「きらきら星」の日本語歌詞は何パターンも存在します。
Ah ! vous dirai-je, maman,
Ce qui cause mon tourment ?
Depuis que j'ai vu Clitandre,
Me regarder d'un air tendre ;
Mon cœur dit à chaque instant :
« Peut-on vivre sans amant ? »
【意訳】
ああ!ママ、言わせて
私の苦しみの原因はなんなの?
優しいClitandre(人名)
そんな彼と出会ってから
私の心はいつも語りかけるの
「私たちは恋人なしで生きていくことはできるの?」と。
私たちが知っている歌詞の元である「Twinkle, twinkle, little star」は、1806年にイギリスの詩人、ジェーン・テイラーによって書かれました。
それは、モーツァルトが亡くなってから15年ほど経ってからのことでした。
この歌詞が世界的に広まり、日本では「きらきら光る…」の歌詞が誕生しました。
ウィーンに引っ越したばかりの頃の作品
かつては「きらきら星変奏曲」はパリで書かれたと言われていましたが、現在では1781-1782頃にウィーンで書かれたというものが定説となっています。
当時のモーツァルトはザルツブルク大司教と決別し、フリーの音楽家としてウィーンに移り住んだばかりでした。
この頃にモーツァルトは流行の音楽をいくつか取り入れています。
1783年に書かれた傑作「トルコ行進曲」もウィーンでの流行を取り入れたものでした。
それを記念してか、当時のウィーンではトルコ軍楽が流行していました。
モーツァルト「きらきら星変奏曲」の名盤
クリストフ・エッシェンバッハのモーツァルト
正統的なモーツァルト演奏として高い評価を得ているエッシェンバッハによる演奏です。
3曲目、4曲目はエッシェンバッハとユストス・フランツで演奏しています。
【収録曲】
モーツァルト
1.『キラキラ星』の主題による変奏曲ハ長調 K.265
2.ロンド ニ長調 K.485
3.2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448
4.4手のためのピアノ・ソナタ へ長調 K.497
クリストフ・エッシェンバッハ(Christoph Eschenbach, 1940年2月20日-)
ドイツのピアニスト、指揮者。
若くからピアニストとして国際的に名声を得ていたが、11歳の頃から指揮者を志していた。
1970年代より指揮者として活躍し出し、これまでに北ドイツ放送交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、パリ管弦楽団などで音楽監督を務めている。
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