「G線上のアリア」はJ.S.バッハの作曲した「管弦楽組曲第3番」BWV1068第2楽章の「アリア」を編曲したものです。
ヴァイオリニストのアウグスト・ヴィルヘルミが、ピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲しました。

G線とはヴァイオリンの4本の弦の最低音の弦のことを指し、このG線のみで演奏できることから「G線上のアリア」と呼ばれています。
もともとはニ長調ですが、ハ長調に移調されることでG線のみでの演奏が可能になりました。

数々のシーンやメディアでも使われており、クラシック音楽の中でも不動の人気ほ誇る名曲の一つです。

ここではJ.S.バッハ「G線上のアリア」の解説と名盤の紹介をしたいと思います。

J.S.バッハ「G線上のアリア」の演奏

Anastasiya Petryshak
1994年ウクライナ生まれのヴァイオリニスト
10歳でイタリアに移り、イタリアで音楽教育を受けた。

J.S.バッハ「G線上のアリア」の解説

オリジナルであるバッハの「管弦楽組曲第3番」の作曲経緯は、今のところ残念ですが確定できる情報はそろっていません。
説として最有力なものは、ライプツィヒ時代にコレギウム・ムジクムの公演のために作曲されたというものです。
また他にも、バッハのパトロンのレオポルトのために書かれた曲だという説もあります。

原曲は弦楽合奏の他にトランペット3本・オーボエ2本・ティンパニも加わり祝祭的な雰囲気が漂います。
また当時流行っていたフランスの組曲の形式をとっています。

Johann Sebastian Bach

Johann Sebastian Bach

バッハの生前にはこの曲は有名にはならず、死後100年ほどして作品の価値が認められ始めました。
この頃はまだ原曲のままで演奏されることがほとんどでした。
やがてヴィルヘルミが編曲したことで、ヴァイオリンで演奏される機会が増えていきます。

ライプツィヒ時代

バッハは40代を目前にした1723年にザクセンのライプツィヒにある聖トーマス教会のカントルに就任しました。
そして65歳で一生を終えるまで、この地で過ごしました。

カントルとはその地を取り仕切る音楽監督のようなものです。
毎週の礼拝で演奏する教会カンタータの作曲も仕事の一つで、この仕事を務めた5年間で300曲も作曲したと言われています。

「G線上のアリア」は、このバッハの晩年の地で書かれたと言われています。
ちなみにバッハの街であるこの地では、1904年よりライプツィヒ・バッハ音楽祭が毎年開催されています。

時代の流れにのった編曲

編曲したアウグスト・ヴィルヘルミは、ドイツ人で19世紀後半を生きた世界的にも有名なヴァイオリニストでした。
ヴィルヘルミは多くの名曲をヴァイオリン用に編曲しましたが、その一つにバッハの「管弦楽組曲第3番」もありました。

ちょうどどその当時はヴァイオリニストがG線だけで演奏する芸が流行っていたこともあり、「管弦楽組曲第3番」はG線だけで演奏できるように編曲されました。
「G線上のアリア」は時代の流れが生み出した曲でもあるのです。

J.S.バッハ「G線上のアリア」の名盤

「G線上のアリア」の名演を聴くとともに、せっかくですのでバロックの他の名曲も聴いてみてはいかがでしょうか。
バッハ・ヘンデルをはじめとしたバロックの名曲がそろっています。

このCDに収録されているパッヘルベルのカノンもまさに歴史に残る名演です。
アンドレ、ランパルなど名演奏家の共演も聴きどころの一つです。
上品で繊細なパイヤール室内管弦楽団の演奏でバロック音楽の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

その他の録音

「G線上のアリア」のその他の録音も紹介したいと思います。

千住真理子

senjyu
日本人の人気ヴァイオリニスト、千住真理子さんによる「G線上のアリア」です。
オーケストラではなく、ヴァイオリンソロとピアノによる演奏が楽しめます。
このアルバムは2007年にEMIミュージック・ジャパンより発売されています。
ファンへの人気投票で曲目を決定したため、耳馴染みのある曲が多く収録されています。

小澤征爾&サイトウ・キネン

ozawa
小澤征爾さんとサイトウ・キネン・オーケストラの黄金タッグによる演奏です。
このアルバムは様々な録音の「美味しいとこ録り」となっています。

「G線上のアリア」は2001年に米同時多発テロの犠牲者追悼のために演奏されたものです。
同じ「G線上のアリア」でも、上記のパイヤール室内管弦楽団の演奏とは印象は異なります。