レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein/1918年~1990年)の交響曲第2番「不安の時代」は1947年から1948年にかけて作曲されました。

バーンスタインは作曲家であると同時に指揮者でもピアニストでもありました。
ミュージカルの分野では「ウエスト・サイド・ストーリー(West Side Story)」「キャンディード(Candide)」などの傑作を生み出し、ジャズやクラシックなどの様々な音楽を融合させた音楽を作り上げました。
指揮者としては、アメリカ出身で初めてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任し、ニューヨーク・フィルの黄金時代を築きあげました。
また交響曲第1番「エレミア」交響曲第3番「カディッシュ」などでは宗教的色の濃い作品も残しました。

ここではバーンスタイン「交響曲第2番(不安の時代)」の解説と名盤を紹介したいと思います。

バーンスタインの2番目の交響曲

バーンスタインは生涯で3つの交響曲を作曲しましたが、この交響曲第2番には「不安の時代」という副題が付けられています。

この副題は20世紀最大の詩人の一人と言われているイギリスの詩人、ウィスタン・ヒュー・オーデン(Wystan Hugh Auden/1907年~1973年)の同名の長編詩からきています。

bernstein

長編詩「不安の時代」から

この「不安の時代」は、1947年に出版されました。
オーデンはイギリス生まれですが、1939年よりアメリカに移住し出版前年の1946年にアメリカ国籍を取得しています。
オーデンは偽装結婚をしてまでアメリカに亡命し国籍を手にしたそうです。

この長編詩は米国で最も権威ある賞であるピューリッツァー賞を受賞し、これを読んだバーンスタインにも感銘を与えました。
詩の内容は第二次世界大戦末期のニューヨークが舞台で4人(マリン、クウァント、アンブル、ロゼッタ)の登場人物が描かれています。
4人の幼少期から死までの生涯が書かれており、最後にそれぞれが孤独の現実生活へと戻っていきます。

出版後すぐに作曲を開始

バーンスタインは友人の勧めもあって「不安の時代」をもとに作曲をすることになりました。
その友人とはボストン交響楽団の指揮者のセルゲイ・クーセヴィツキーでした。
クーセヴィツキーはこの詩には音楽的要素が詰まっていることを感じ、彼に手紙を送ったのでした。

初演は1949年にセルゲイ・クーセヴィツキー指揮、ボストン交響楽団の演奏でボストン、シンフォニー・ホールにておこなわれました。
ピアノの独奏はバーンスタイン自身が演奏しています。

バーンスタイン「交響曲第2番(不安の時代)」の名盤

バーンスタイン自身の指揮で演奏は彼と縁の深いニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団です。

レナード・バーンスタイン (Leonard Bernstein/1918年8月25日-1990年10月14日)
ユダヤ系アメリカ人の作曲家、指揮者、ピアニスト
1958年:アメリカ生まれの指揮者として初めてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任
ニューヨーク・フィルの音楽監督辞任(1969年)後は、特定のポストには就かず、ウィーン・フィル、イスラエル・フィル、バイエルン放送交響楽団、ロンドン交響楽団、フランス国立管弦楽団などに客演

ニューヨーク・フィルハーモニック(New York Philharmonic)
アメリカ、ニューヨークのオーケストラで「アメリカ5大オーケストラ(Big Five)」の一つ

1958年バーンスタインは音楽監督に就任し、低迷していた名門ニューヨークフィルの再興に尽力した。
バーンスタインは多くのコンサートをおこない、雇用を安定させ、レコーディングも多く残した。
その結果、ニューヨーク・フィルに黄金時代が到来した。

※ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団からニューヨーク・フィルハーモニックに名称を変更