項目 データ
作品名 厳格な変奏曲(Variations sérieuses)
作曲者 メンデルスゾーン
作曲年 1841年
出版 1842年

フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn/1809年-1847年)の『厳格な変奏曲(Variations sérieuses)』は1841年に作曲されました。
主題の提示と17の変奏、そしてコーダで構成されており、演奏時間は約12分の作品です。

 『厳粛なる変奏曲』とも日本語タイトルでは呼ばれています。
sérieuseはフランス語で「まじめな、勤勉な、誠実な、重大な」といった意味で、英語のserious(シリアス)に該当します。

ここでは、メンデルスゾーン『厳格な変奏曲』の解説と名盤を紹介したいと思います。

メンデルスゾーン『厳格な変奏曲』の演奏

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ベートーヴェンの銅像の資金調達のために作られた

メンデルスゾーンの『厳格な変奏曲』は、1841年にウィーンの出版社であるピエトロ・メケッティの依頼で作曲されました。
ピアノ楽譜集「ベートーヴェン・アルバム」を作るという企画で、楽譜集の売り上げはボンのベートーヴェン記念像の建立資金として使われました。

 ボンは西ドイツの都市で、ベートーヴェンの生誕地です。
またシューマンの終焉の地としても有名です。

楽譜集にはメンデルスゾーンの他にも、ショパンリストも参加しており当時のオールスターのような面々が揃いました。

メンデルスゾーンはこの作品を2か月程で作曲したそうです。
「ベートーヴェン・アルバム」ではありますが、メンデルスゾーンの個性に溢れた大規模な変奏曲が印象的です。

メンデルスゾーンがライプツィヒで奮闘していたころの作品

1835年、メンデルスゾーンはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に任命されます。
そしてそれ以降、ライプツィヒで積極的に音楽活動を展開していきます。

ライプツィヒ音楽院の設立

『厳格な変奏曲』が出版された翌年の1843年、メンデルスゾーンはライプツィヒ音楽院を設立します。
大学には著名な音楽家たちが招聘され、ドイツでの音楽教育において大きな役割を果たしました。

 ライプツィヒ音楽院は、現在のフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒです。
1901年に瀧廉太郎が留学したことでも知られています。

『厳格な変奏曲』は、メンデルスゾーンがこのように音楽家としても教育者としてもライプツィヒで奮闘していたころの作品です。