「幻想即興曲」(即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66)はショパンが1834年に作曲したピアノ曲で、ショパンが作曲した4曲の即興曲の中で最後に出版された作品です。
「幻想即興曲」の呼び名は、ショパンの死後に友人であるユリアン・フォンタナによって付けられました。
数あるピアノ曲の中でも最も有名な曲の一つであります。
クラシック音楽に興味がない方でも何度も耳にしたことのある名曲で、映画・アニメ・ドラマなど多くのシーンでもこの曲は使われています。
ピアノを習っている方には、「いつか幻想即興曲を弾けるようになりたい」と思っている方も多いと思います。
とても派手な曲ですので、素人受けも良く聴き映えがする曲でもあります。
ここではショパン「幻想即興曲」の解説と名盤の紹介をしたいと思います。
ショパン「幻想即興曲」の演奏
ダニール・トリフォノフ(Daniil Trifonov/1991年 - )
ロシアのピアニスト
2010年:第16回ショパン国際ピアノコンクールで第3位
2011年:ルービンシュタイン国際コンクール第1位、第14回チャイコフスキー国際コンクール第1位
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ショパン「幻想即興曲」の解説
ショパンはピアノの名手で、即興演奏も得意としていました。
しかしショパンの幻想即興曲は当然ですが、即興で演奏されるわけではなくきちんと楽譜があります。
この即興の意味は、「自由な形式で書かれた曲」のような意味合いで捉えればいいかと思います。
ロマン派の時代の即興曲における定義は、はっきりしたものはありませんでした。
即興的に浮かんだピアノのフレーズで作曲したためか、ショパン自身のピアノの弾き癖なども反映されていると言われています。
親友ユリアン・フォンタナ
ショパンには、ユリアン・フォンタナという全幅の信頼を置いた親友がいました。
フォンタナは法律を学んでいましたが、同時に音楽にも精通している人物でした。
フォンタナはショパンの楽譜の清書・出版などの業務をこなし、ショパンの音楽活動を支えました。
ショパンの海賊版の楽譜が出回る
ショパンは当時から人気のある有名な音楽家でした。
そのためショパンの死後には彼の海賊版の楽譜が世の中に出回ります。
親友のフォンタナはこの状態を嘆き、正式なショパンの楽譜を出版しようと決意しました。
そして遺族の同意も得て楽譜集が出版されるのですが、その1曲目に「幻想即興曲」は入っていました。
死後発見された名曲
ショパンが亡くなるまで、この曲は実は世に出ていませんでした。
友人であるユリアン・フォンタナがショパンの死後に手を加え、ショパンの姉や支持者の許可も得て「幻想即興曲」として発表したのがこの曲です。
元々は「即興曲」としか記されていませんでいたが、フォンタナが「幻想」の部分を付け加えました。
一説によるとショパンはこの「幻想即興曲」を気に入っておらず、自分の死後はこの楽譜を燃やしてほしいとフォンタナに頼んだと言われています。(諸説あり)
ショパンが楽譜を燃やしたかった理由としては、幻想即興曲とベートーヴェンの名曲「月光」第三楽章のカデンツァが似ていたからではないか、と推測されています。
もしくは単純にこの曲を気に入らなかったからかもしれません。
いずれにせよ、ショパンの遺言が事実だとしたら世に出したくない曲が友人の手によって世に出たことになります。
自分が失敗作だと思っていた曲が、世界中で最も愛される曲の一つになるなんて不思議な話です。
ちなみにショパンが作曲した4曲の即興曲の中で出版は最後ですが、作曲されたのは1番最初でショパンが24~25歳の頃だとされています。
「お蔵入り」の曲だったため、世に出るのが遅くなってしまったわけです。
フォンタナ版が定番
1855年にフォンタナが手を加えて「幻想即興曲」として出版したのちの1962年に、アルトゥール・ルービンシュタインがショパンの自筆資料を発見し出版します。
そのため「幻想即興曲」には、「フォンタナ版」と「ルービンシュタイン版」があります。
「ルービンシュタイン版」のほうがショパンに忠実なものではありますが、現在では「フォンタナ版」が定番とされ、多くの演奏家によって演奏されています。
ショパン「幻想即興曲」の名盤
巨匠ヴラディーミル・アシュケナージによるショパンの名曲集です。
「幻想即興曲」の他にも「華麗なる大円舞曲」「小犬のワルツ」など、ショパンの有名曲がこの1枚にしっかりと収録されています。
良い意味で個性が溢れていない、世界を代表するピアニスト・アシュケナージによるスタンダードな演奏ですので、クラシック初心者の方にもオススメしたい1枚です。
ピアニストの魅力だけでなく、曲そのものの魅力も十分に味わうことが出来ます。
ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy、1937年7月6日 - )
ソヴィエト連邦出身のピアニスト・指揮者で、20世紀後半を代表するピアニストの一人。
168センチの小柄な体格で、卓越したテクニックと洗練された音楽で聴き手を魅了している。
とても幅広いレパートリーを誇り、その音楽は万人に愛されている。
1955年:ショパン国際ピアノコンクールに出場2位。アシュケナージが優勝を逃したことで、審査員が降板する騒動になる。
1956年:エリザベート王妃国際音楽コンクール優勝
1962年:チャイコフスキー国際コンクール優勝
1963年:ソ連から亡命のためにロンドンへ移住
1970年:指揮活動も開始
1972年:アイスランド国籍取得
1987年:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任
1989年:26年振りにソ連に帰郷
その他の録音
「幻想即興曲」のその他の録音もいくつか紹介したいと思います。
アルトゥール・ルービンシュタイン
アルトゥール・ルービンシュタイン(1887年-1982年)は時代を代表するピアニストで、ショパンの第1人者としても名高いポーランド出身のピアニストです。
彼は一部の作品を除いてほとんどのショパンの作品を録音しています。
ショパン国際ピアノコンクールの審査委員長を務めたこともあり、そのときに優勝したのがマウリツィオ・ポリーニでした。
※一般的な楽譜ではなく「ルービンシュタイン版」での演奏です。
エフゲニー・キーシン
1971年、モスクワ生まれのピアニストです。
12歳でショパンのピアノ協奏曲を録音・発売し話題になり、日本には2003年に初来日しました。
ヨーロッパを中心に世界を飛び回り、何年先までスケジュールは埋まっている人気と実力を兼ね備えたピアニストです。
近年も来日しており生演奏が聴ける機会もありますが、いわゆる「売れっ子」ですのでチケット代は高額です。
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