項目 データ
作曲年 1803-1804年
献呈 ヴァルトシュタイン伯爵
演奏時間 20分超

ベートーヴェンの「ピアノソナタ第21番」は1803年から1804年にかけて作曲されました。
「ヴァルトシュタイン」という通称でも親しまれています。

ここでは、ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番(ヴァルトシュタイン)」の解説と名盤を紹介したいと思います。

ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番(ヴァルトシュタイン)」の演奏

[00:11]第1楽章:Allegro con brio 4/4拍子 ハ長調
[11:29]第2楽章:Introduzione. Adagio molto 6/8拍子 ヘ長調
Rondo. Allegretto moderato[15:47] - Prestissimo[24:56]

ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年-)
アルゼンチン出身の、ユダヤ人ピアニスト・指揮者(現在の国籍はイスラエル)
神童として名をはせ10代の頃からピアニストとして活躍すると、20代半ばからは指揮者としても活躍する。
パリ管弦楽団、シカゴ交響楽団、ベルリン・シュターツカペレの音楽監督なども歴任。
オペラ部門、室内楽部門、管弦楽曲部門、ソリスト部門、ベスト・クラシック部門などでグラミー賞を受賞。

無料楽譜

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ベートーヴェンの傑作が次々と生まれた時期

ベートーヴェンは20歳代後半から難聴に悩まされ、その状態はますます悪化していきます。
その難聴による絶望感と精神的な病を告白したのが、あの有名な1802年の「ハイリゲンシュタットの遺書」です。
その絶望的状態に、自殺も考えたとも言われています。
しかし芸術への情熱を失わなかったベートーヴェンは、この苦しみを克服します。

再び情熱を取り戻したベートーヴェンは、1804年からの10年間に次々と傑作を生み出していきます。
この時期は「傑作の森」とも呼ばれています。

 1804-1806年だけで、ベートーヴェンを代表する作品が次々と誕生しています。

1804年:「交響曲第3番(英雄)」「ヴァルトシュタイン」
1805年:「ピアノソナタ第23番(熱情)」オペラ「フィデリオ」
1806年:「ヴァイオリン協奏曲」

ヴァルトシュタイン伯爵とは?

「ピアノソナタ第21番」はヴァルトシュタイン伯爵に献呈されました。
そのため、この作品は「ヴァルトシュタイン」とも呼ばれています。

ヴァルトシュタイン伯爵はウィーンに生まれた貴族出身の人物です。
ドイツ騎士団において政治的・軍事的な役所に就きました。

ヴァルトシュタイン伯爵は、ベートーヴェンを早くからパトロンとして支えたことで知られています。
伯爵は1788年にドイツのボンを訪れ、若き日のベートーヴェン(17-18歳)に出会います。
そしてベートーヴェンの才能に惚れ込んだそうです。
ベートーヴェンをハイドンに紹介(1792年)したのも伯爵でした。

 ボンは「ベートーヴェンの生誕地」です。ベートーヴェンはウィーンに移住するまでは、主にボンで暮らしました。
またボンはシューマンの終焉の地としても知られています。

旅たつベートーヴェンへ贈った言葉

ベートーヴェンは1792年11月にウィーンに移住します。
そのときにヴァルトシュタイン伯爵が贈った言葉(サイン帳)が残っています。
そこからは、いかにベートーヴェンの才能を評価していたかが読み取れます。

  親愛なるベートーヴェンへ!
君は今長い間望んでいたことを実現するためにウィーンに旅たちます
モーツァルトの才能はまだ嘆いたままで、生徒の死を嘆き悲しんでいます。
(略)
情熱を持ち続け、モーツァルトの精神をハイドンの手から受け取りなさい
君の親友ヴァルトシュタインより

Lieber Beethowen!
Sie reisen itzt nach Wien zur Erfüllung ihrer so lange bestrittenen Wünsche.
Mozart's Genius trauert noch und beweinet den Tod seines Zöglinges.
Bey dem uner=schöpflichem Hayden fand er Zuflucht, aber keine Beschäf-
tigung; durch ihn wünscht er noch einmal mit jemanden
vereinigt zu werden.
Durch ununterbrochenen Fleiß erhalten Sie: Mozart's Geist aus Haydens Händen.
Ihr warer Freund Waldstein OT

ヴァルトシュタイン伯爵が贈った最新式のピアノ

ベートーヴェンはピアノの名手でもありました。
この頃のベートーヴェンのピアノ作品は、ピアノ技術の発展と共に誕生しました。

1803年に、ヴァルトシュタイン伯爵からベートーヴェンにエラール製の新しいピアノが贈られます。
このピアノは5オクターヴ半の音域を備え、音量も従来より幅広く表現できるものでした。
これがベートーヴェンの作曲の幅を大きく広げます。

ベートーヴェンの傑作「ピアノソナタ第23番(熱情)」も、このピアノの影響があると言われています。

ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番(ヴァルトシュタイン)」の名盤

ギレリス『テンペスト』『ワルトシュタイン』『告別』
ベートーヴェンの3曲のピアノ・ソナタが収録されています。
「鋼鉄のタッチ」の異名を持ったエミール・ギレリスですが、晩年のこの録音では抒情的な至高の演奏が堪能できます。

1.「ピアノ・ソナタ第17番(テンペスト)」(1981年10月)
2.「ピアノ・ソナタ第21番(ワルトシュタイン)」(1972年1月)
3.「ピアノ・ソナタ第26番(告別)」(1974年12月)

エミール・ギレリス(Emil Gilels、1916年10月19日 - 1985年10月14日)
20世紀を代表するソ連出身の世界的ピアニスト
「鋼鉄のタッチのピアニスト」と呼ばれ、西側で自由に活動することをソ連政府から許された最初の芸術家でもある。

1929年:13歳でデビュー。
1933年:全ソ連ピアノコンクール優勝
1938年:イザイ国際コンクール優勝
1947年:ヨーロッパで演奏旅行を開始
1955年:アメリカ・デビュー